この本は司馬遼太郎氏の交遊録を通じて、明治、大正、昭和に生きたひとびとの生き様、息吹が、生々しく伝わって来ます。あたかも、その時代にタイムスリップしたかのよう。時には著名人の消息が、垣間見えたりして、歴史資料としても、読む価値があります。 司馬遼太郎作 「ひとびとの跫音」 (下巻) 1981年(昭和56年)7月10日 初版 中央公論社
司馬遼太郎氏のプロフィール
1923年~1996年(大正12~平成8年) 本名 福田定一 大阪市南区難波に生まれる。(現在の浪速区)
・1942年 大阪外国語学校蒙古学部入学。(現、大阪大学外国語学部モンゴル語専攻)。
・1943年に学徒出陣のために、仮卒業。翌年に正式卒業。
・1943年 戦車第十九連隊入隊。
・1944年 久留米戦車第一連隊第三中隊第五小隊の小隊長となる。(蒙古国社丹江において)
・1948年 産経新聞記者となる。
主な作品
梟の城
竜馬がゆく
燃えよ剣
国盗り物語
坂の上の雲
街道がゆく
翔ぶが如く
本書の目次
拓川
阿佐ヶ谷
服装、住居、あるいは金銭について
ぼたん鍋
尼僧
洗礼
誄詩
本書に登場する人たちの概略
◎加藤拓川 (本名 加藤恒忠 号が拓川) 安政6年生まれ 伊予国(松山市)に大原観山の息子として生まれる。 加藤家を再興し、加藤姓を名乗る。 妻はひさ。 子は十九郎、六十郎、忠三郎、あや、たへ 外交官、大阪新報社長主筆、大阪北浜銀行(後のUFJ銀行)取締役、松山市長。
正岡忠三郎
加藤拓川の三男として明治35年(1902年)に生まれる。 正岡子規の妹の律の養子となる。 妻はあや子。 阪急電鉄に勤める実直なサラリーマン。車掌。阪急百貨店の衣料部門、陶器売り場などを経験する。 実の母は熱心な天理教信者。
加藤たへ(栲)
洗礼名 ユスティチア 加藤拓川の末娘として明治41年に生まれる。 天理教に熱心な母ひさから離れて、東京に出て、誠心女学校に入った(188頁)。 のちにカトリック系の尼僧になる。
本書からの抜粋
(7頁) 正岡子規が大学予備門の受験準備をすべく上京したのは、すでに幾度かくりかえしてきたように、明治十六年六月のことである。船で神戸まできて、そこで一泊し布引の滝を見物した。さらに別の船で横浜に到り、あとは汽車で新橋についた。荷物のおもなものは本で四十余冊ありそのうち経書、詩文といった漢籍が多かった。
(11頁) このようなありさまのなかで、明治七年、フランスから帰って来た土州人兆民篤介の存在は大きかった。かれは官費留学であったために、数年、その申しわけのように官途についたが、ほどなくやめ、明治十年、私塾仏蘭西学会(のちの仏学塾)を麴町中六番四十五の借家でひらいた。拓川は。司法省法学校を退学した明治十二年に、この兆民の塾に入っている。
(182頁) 其後御病気如何 と、冒頭のくだりを、あや子さんは読んだ。 小生東京の深川の如き辺に引き籠り勉学致居候 買度ものは書籍なれどほしきものは大概三四十円以上にて手がつけ兼候 とあり、そのあと数行おいて、 当地ハ昨日が「クリスマス」にて始めて英国の「クリスマス」に出喰わし申候 漱石にとって本場(?)のクリスマスがよほど珍しかったのか、それ とも、諸事、珍物を好む根岸の病友にクリスマス・カードというものを送って見せて…
(244頁) タカジは音楽が好きであった。その在党中、歌と踊りの共産党などといわれた時代をつくりあげ、一部で批判もうけたが、そういう事歴だけでいえばよほど好きだったかのようにも見える。
コメント
(アマゾンレビュー) ・司馬文学は多数あれど一番難しかった書です。難しいというより含蓄深過ぎたかな、って作品です。 正岡子規は戦前から近代日本語の助力、また司馬さん自身も正岡全集に関与した事からですが、みどり夫人が司馬作品で一番気に入った作品だったのだそうです、しかし、本作は小説の形では無く、坂の上の雲で書きのがした、正岡の家族を主軸に描かれています。… ・司馬氏が描く世界にはまり込んでしまった。 人間、有名であろうがなかろうが、の歴史、思想、これを冷静に見守る司馬遼太郎の姿勢がとても暖かで優しい。 良いとか悪いとかじゃなく、あるがままに、…
(読書メーター) ・正岡忠三郎(正岡律の養子)と西沢隆二(詩人ぬやまひろし、タカジ)、二人の生き方についてのエッセイ。忠三郎は表には出さないにしろ、子規を大切に思っていたことが伝わってきました。タカジも相当子規の写実主義に憧れていたように読めました。俳句・短歌の鑑賞力は持ち合わせていませんが、一冊くらいは子規の句集を読んでみようかと思います。 ・小説かと思いきやエッセイ的でした。上巻は耐えて読んでいくと、下巻で段々と主題に気付いて、読むスピードが速なっていった。坂の上の雲を読んで正岡子規に興味を持った方は,その周囲、後世の偉大な人々を知ることができる。
まとめ
・この本は司馬遼太郎氏の交遊録を通じて、明治、大正、昭和に生きたひとびとの生き様、息吹が、生々しく描かれています。
・この本は、正岡子規の養子の忠三郎と、忠三郎の大学時代の親友西澤隆二(タカジ)、その妻麻耶子の生きた証を知る貴重な資料である。特にタカジの日本共産党とのかかわり方、立ち位置を知る事が出来る。彼は日本共産党に入党し、2度の除籍、追放を受けている。
・歴史上重要な一コマ一コマが描かれている。例えば、子規全集出版を立ち上げるにあたって、タカジが発起人となり、忠三郎、司馬遼太郎を巻き込む勢いで、紆余曲折を経て、事が進んでいく、その顛末が記されている。(215頁)
☆ここ最近、力強く訴えかける名作中の名作が続いたから、次の選択に苦慮します。深田萌絵氏、司馬遼太郎氏、小保方晴子氏、リリーフランキー氏⋯。前回、司馬遼太郎氏の上巻が良かったので、是非、下巻も紹介したかった。
