デジタル時代の立役者IBM創立者ワトソンの履歴とは?

雑学

今回、取り上げるのは「IBM創立者ワトソンの伝記」です。
日本は太平洋戦争に敗北した。
参戦していた日本軍の優秀な技術者たちが続々と帰ってきた。
我々のおじいさん、さらにその上の世代の血のにじむ努力によって復興を成し遂げた。
そして、バブルの日本社会を生み出した。
彼らは何を学び復興を成し遂げて、日本の発展につなげたのか。
歴史を学ばなければ、現在、若者が普通に結婚できない異常な社会を変えることはできない。
どういう書物を読んでいたのか。

今回AIの時代に、検索しても、ヒットしづらそうな埋もれた宝の第2弾として取り上げるのは「IBM創立者ワトソンの伝記」。
IBM創業当時の生々しい情景はAIを検索しても出てこない。
この本の熱い描写を楽しもう。

IBM創立者ワトソンの伝記

著作名

アメリカ経営者の巨像IBM創立者ワトソン伝記(1966年ぺりかん社)

著者

トーマス・Gベルデン、メルバ・Rベルデン共著

訳者

荒川孝

目次

① セールスマンの誕生
② 現金
③ 試練
④ CTR時代
⑤ 白シャツの男
⑥ 不況とニューディール政策
⑦ 世界貿易を通じて世界平和を
⑧ 摂政時代
⑨ 絶頂期
⑩ 終曲

IBM創業者ワトソンの履歴

1874年にニューヨーク州のキャンベルに生まれる。
・父は農業と林業を営んでいた。
・16才のころに経理とビジネスのスクールに通う。
・その後、商店の簿記係として働き始める。
・1年後にオルガンとピアノの行商をしているジョージ・コーンウエルついて、行商をする。
・一人で行商するようになり、セールスの腕を上げていく。
・気をよくして、大都市バッファローに出てWheer and Wilconのミシンセールスマンとなる。
・馬と馬車と見本を盗まれ、クビになり、弁償も要求され、さらに再就職が困難となる。
・悪評高い興行師のC.B.Barron創業のBuffalo Building and Loan Companyの株を行商する仕事に就く。
・Barron は集めた資金をもって失踪した。
・精肉店を開いたが、失敗し、金も職もなく途方に暮れる。
・この精肉店がNCRキャッシュレスレジスターとの出会いである。
(経営を店員に任せるにあたって、ごまかされないようにNCRキャッシュレスレジスターを導入した。)
・NCRに就職し、バッファロー支店長のジョン・J ・レンジから販売と管理のスタイルを学ぶ
(この時の教えがワトソンにとって一番大きかったと後に語っている。)
・NCRでは華々しい業績を上げ、最高のセールスマネージャーとしての地位を築き上げる。

・1914年にコンピューティング・タビュレーティング・レコーディング・コーポレーションC-T-Rに就職し、事業部長に就任する。当時、事務機器を売るならNCRのセールスマンを雇えばよいという風潮があった。
1915年に社長に就任する。
1924年にIBMと社名を変更する。
ノルマ制、歩合制など販売理論、リース方式、消耗品のパンチカードの採用などで、1956年に彼が死去したとき、IBMの売り上げは年間8億9700万ドル、従業員数は72,500人にまで成長させた。

これほど失敗を重ねていたなんて!

まとめ

・100年前には想像すらできなかった現在のデジタル社会。
そのきっかけを作った創業者の本です。
・トーマス・ワトソンの生きざまには現代の人たちが学ぶべきものがたくさんあります。
・波乱万丈のトーマス・ワトソンの履歴を見れば、IBMが世界をも変えてしまった原動力が理解できます。

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