城山三郎著「零からの栄光」アメリカと互角に戦う戦闘機“紫電改”の開発秘話

雑記

昭和の名著掘り起こし企画の第4弾は城山三郎著「零からの栄光」です。
作家城山三郎は斬新な企業小説を切り開いた作家です。と同時に予科練などの戦時中の教室の景色などを生々しく、また正確に描写している作品があるのも特徴です。
今回取り上げる「零からの栄光」は太平洋戦争末期に航空機設計技術者たちがアメリカと互角に戦い、かつ空中戦で戦果を挙げていた戦闘機“紫電改”を作っていたという事実。
「零からの栄光」角川文庫初版1981年5月15日

作家城山三郎のプロフィール

・本名は杉浦英一(すぎうらえいいち)
・1927年(昭和2年)愛知県名古屋市中区に生まれる。
・1945年愛知県立工業専門学校(名古屋工業大学)に入学する。
・大日本帝国海軍に入隊するも、特攻隊訓練中に敗戦を迎える。
・1952年一橋大学を卒業する・
・愛知学芸大学商業科文部教官助手を経て、
・1963年愛知学芸大学専任講師を退職する。

・直木賞、吉川英治文学賞など数[多くの賞を受賞する。

斬新な企業小説を生み出した。
他に伝記小説、歴史小説。
・名作は数多くあり、網羅しきれない。
「総会屋錦城」「落日燃ゆ」「一歩の距離小説予科練」「黄金の日日」等々…

“零からの栄光”の目次

1. 牛一頭
2. 裸で番傘
3. 海上マージャン
4. 猛烈顧問
5. 愛国者登場
6. 黄金の腕
7. パンのうらみ
8. 亡霊と鬼大尉
9. 光明のある仕事
10. どんでん返し
11. 実力者登場
12. 二式よ、帰れ
13. 初飛行
解説:井尻千男(いじりかずお)

作品の内容

(前半)
軍に納入実績がない兵庫県の片田舎“鳴尾村”で作られた飛行機を認めてもらうまで、苦労の連続であった。
最終的には既存の老舗飛行機メーカーが作れなかった優秀な戦闘機を川西航空機が作り上げてしまった。
そして、現実にアメリカとの戦闘機と互角に戦い、空中戦で成果を上げた。

面白いエピソードでは、漫才の南都雄二が大阪電気学校を卒業後、昭和16年に入社。設計部に配属され、輸送飛行艇の設計図面を引いていた。紫電改が優秀だと知った政府が川西航空を国に接収し、近隣住民を大量に動員して、紫電改製作にあたらせた。この中には、力道山(プロレスラー)、藤村富美男、呉昌征、景浦将(野球選手)の名がある。

(後半)
太平洋戦争末期に会社は国に取り上げられ、川西竜三社長は放り出された。
1945年の戦争終結と同時に、会社は竜三の手元に戻ってきた。
しかし、荒廃し、仕事もなく、たたんでしまいたい気持であった。
が、残った従業員を養っていかなければならない。
やめてしまうと、日本にはアメリカに負けない戦闘機を作る技術があったことは忘れ去られてしまう。何としてでも、継承しなければ、残さなければならない課題である。
まだまだ、性能を進化させる優秀な技術を持った社員が残っている。
アメリカ占領軍は戦争にかかわる産業を禁止したために
飛行機しか作ったことのない川西航空機はとりあえず、残った材料で、細々と、鍋、釜を作ったり、やれることはなんでもした。
1950年に朝鮮戦争が起きて、アメリカ軍から仕事が来るようになった。
川西航空機も少し活気を取り戻した。
以下、紆余曲折があって、世界に通用する飛行艇を作ってしまう。

「中心的航空機設計技術者“菊原静雄”のプロフィール」
・1906年(明治39年)兵庫県姫路市に生まれる。
・1930年(昭和5年)東京帝国大学工学部航空学科卒
・川西航空機(後の新明和工業)に入社
(戦前)
・二式大艇、紫電改の開発技術者の一人。
…“紫電改”は本土決戦で唯一敵と互角に戦える戦闘機。
…“二式大艇”は戦後にアメリカの飛行艇と比較してもはるかに性能が高かった。
(戦後)
・対潜飛行艇PS-1にかかわる。
・待望の国産旅客機YS-11開発プロジェクトに参加する。

コメント(新装版)

かつてUS-1,PS-1と言う名前の飛行艇を新明和工業と言う会社が開発したと、ニュースで知りましたが本書を読みその歩みの苦難をモノともしない夢追い技術者集団の真髄を感じた。
出典:アマゾンコメント

有名な零銭の陰に隠れた存在だが当時世界最高の名を馳せた紫電改を作り上げた川西航空機。
戦争で全てを失っても飛行機造りに夢を見た男たちが再び立ち上がり哨戒機PX-Sを完成させる。
GHQにより戦後飛行機の製造が禁止されてから苦節20年、ついにこの日を迎えた。
新明和となってからありとあらゆる事業に手を出し多くの成功を導き出した。
感動の一作だった。

出典:読書メーターコメント
紫電改!大戦末期に本土攻撃の米軍機に果敢に立ち向かった戦闘機✈。隊長「菅野 直」の奮闘が悲しくも勇ましい。ちば てつやの「紫電改のタカ」も思い出しました😢✨

ビッグコミック増刊号で連載している「US-2救難飛行艇開発物語」を読んでいて本作を思い出し、本棚を探して引っ張り出して久々に読んでみた。現在の新明和工業をその前身である川西航空機時代から歴史を辿り、戦後のPS-1開発までを描く。歴代の名機開発の現場だけに偏らず、裏で会社が抱えていた問題点などを描くなど、経済小説としての側面も強い。

城山三郎先生の経済小説。旧軍の戦闘機や飛行艇を生産した企業が、戦後も社名を変え分野も変え存続。

まとめ

・この作品は川西航空がアメリカと互角に戦える戦闘機“紫電改”を作った事実
・太平洋戦争に敗れ、すべてを失っても希望を忘れず、どのように立ち直ったか
・戦後、またしても優秀な飛行艇を作ってしまう。

現在も、特装車の他、世界で唯一、波高3mの荒海に離着水できる水陸両用飛行艇「US-2」で実績を上げている新明和工業の歴史でもあります。

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