歴史小説家の司馬遼太郎氏が交流のあった親しい人々の取材記録をエッセイにした作品ではありますが、明治、大正、昭和初期の庶民の人たちの生きざま、時代背景がよく描かれていて、スケールの大きい考え方をした野心家も多かった時代であると、あらためて気づかされます。
司馬遼太郎 「ひとびとの跫音」 (上) 昭和56年7月1日初版 中央公論社
司馬遼太郎氏のプロフィール
1923年~1996年(大正12~平成8年)
本名 福田定一
大阪市南区難波に生まれる。(現在の浪速区)
・1943年 大阪外国語学校蒙古学部(仮)卒業 (のちの大阪大学外国語学部)翌年卒業
・1943年 戦車第十九連隊入隊
・1944年 久留米戦車第一連隊第三中隊第五小隊の小隊長となる。(蒙古国社丹江において)
・1948年 産経新聞記者となる。
主な作品
梟の城
竜馬がゆく
燃えよ剣
国盗り物語
坂の上の雲
街道がゆく
翔ぶが如く
項羽と劉邦
作中の人物紹介
・正岡律 1870年~1941年(明治3年~昭和16年) 愛媛県出身
・正岡子規の妹
・正岡子規の晩年を献身的に看病に努める。
・1902年(明治35年)子規が亡くなった後、家督を継ぎ、翌年共立女子職業学校に入学。
・同校の事務員を経て和裁の教師となる。
・1914年(大正10年)加藤家の三男忠三郎を正岡家の養子に迎える。
・財団法人正岡子規庵保存会初代理事長となる。
・西沢吉次 1872年 ~ 1933年(明治5年~昭和8年)
・実業家
・鯖江藩の蔵役の為治の次男として鯖江町に生まれる。(福井県鯖江市)
・家族で東京に移り住むが、早くに父を亡くし、農商務省地質調査所の初代所長和田維四郎に預けられる。
・神戸で西沢商会を起こす。
・1894年の日清戦争勃発から酒保商人として、中国大陸に従軍する。
・1905年無人島(東沙島、プラタス島)を西沢島と命名する。鉱業など一大事業を展開する。
・日本政府の要請で清朝に島を返還し、事業を売却し、多額の債務が残る。
・西沢隆二(維基百科…中国のWIKIを参考)
・1903年~1976年(明治36年~昭和51年)
・西沢吉次の次男
・活動家
・正岡忠三郎の友人
・1955年に日本共産党に入党。
・1966年に日本共産党を除籍される。
本書の目次
電車
律のこと
丹毒
タカジという名
からだについて
手紙のことなど
伊丹の家
子規旧居
子規の家計
本書からの抜粋
(121頁)(「タカジ」について書かれた部分)
その意味で、先にふれたように、彼は政治的運動者というよりも、本質的な意味での思想家であったかとおもわれる。かれは西洋の資本主義が生んだ個人の確立と自由と合理主義をまず日本で育てねば、たとえ社会主義へ移行しても官僚制だけの最悪の社会になってしまう、といった。
(144頁)
それまで職業革命家としてもっていたタカジの日常感覚の一部を、土砂を崩すようにさらってしまった。それ以来かれは一滴も酒を飲んでいない。「よく考えてみると、革命というのも酔っ払いなんだ」かれが、私の家でこういった時の表情を、私はありありと覚えている。
(231頁)
子規が羯南翁というとき、涙のにじむような感情が常に沸いたという。漱石への手紙にもそのことを書いたくだりがある。病中、痛みのために号泣するとき、竹藪のむこうからやってくる翁(といっても、当時四十代であった)が枕頭で「よしよし」とつぶやきつつ子規の手を握ってくれていると、ふしぎに痛みがやわらいだ。
コメント
(読書メーター)
・歴史を変革する人物を描きつづけた著者が初めて身近な、正岡子規の詩心と情趣を受け継いだひとびとの豊饒にして清々しい人生を深い共感と愛惜をこめて刻む。司馬文学の核心をなす画期的長篇。読売文学賞受賞。
(ブックライブのコメント)
・正岡子規の妹、正岡律の養子となった忠三郎氏をめぐる人々が、まるでドキュメンタリー映画を見るような筆致で蘇らさせている。
・40を過ぎてから読んで良かったなあ、という本でした。
実に不思議な小説。1981年に発表された本です。中公文庫さんで、上下巻。
小説、というか、「エッセイ風私小説」とでも言いますか。
司馬遼太郎さんと言えば、「乱世の、(戦国か幕末の)英雄を描く歴史小説」な訳ですが、この本は違います。
要は、執筆当時の現代劇。司馬遼太郎さんが、簡単に言うと自分のお友達を書いた本。
お友達と自分との交流と、お友達の生涯履歴を振りかえる。
実在の人物です。つまり、実話です。…
まとめ
・書き出しは取材記録…正岡子規とその妹「律さん」。正岡子規の養子「忠三郎さん」とその妻の「あや子さん」。忠三郎さんの大学時代の親友であり革命家の「タカジ」。と続くが、全く、退屈しない。自然と次が読みたくなる。
・1970年頃起きた日大闘争ではタカジは占拠アジトを表敬訪問している。そしてタカジはその時がきっかけで、ある変化が始まった。その時はすでに中国共産党を除名されている。
・明治、大正、昭和初頭のひとびとの生き様、息吹。手にとるように、その情景が浮かび上がり、その時代にタイムスリップしたかのような錯覚に見舞われるのは、さすが、司馬遼太郎さんの筆致のうまさ。
☆取材を通して、新しい発見があり、知識を学ぶわくわく感があり、そんな小説家としての醍醐味をこのエッセイは教えてくれます。

